sos◆sonotoki.net-地震・予知・防災を研究しています。


【震災ゴイケン・役立つ知識】
1995年の阪神大震災体験者の思うこと、防災や、地震についての意見など
2ちゃんねる地震スレなどの掲示板から、参考にさせて頂きたく引用・サイトで保存しています。

非常持ちだし袋は枕元においても無駄。強烈な揺れでどこかに行ったり、タンスとかの下敷きに・・・・
暗闇で手探りだとまず見つからない。あと割れたガラス対策に、革手袋は必須アイテム。以外と安全だったのが玄関の下駄箱や庭のスチール物置、こういうところに保管すれ。
★2chの地震スレから、アースクエイクさん の投稿をまとめておきました。
私の経験からですが・・。
確かに阪神大震災の前には小さな群発地震があって・・恐いよねって言っては居ましたがまさか・・・の思いが正直でした。動物の異常な症状がマスコミで報道されていたりもしましたが今と違って小さなニュースでしたし地震と結びつけるものはなにもありませんでした。

ちょうど大学の後期試験前であったので夜中も結構起きていたのですがうまくいえないけれどテレビを消しているのにバシっと音がなったり冷蔵庫の音が大きくなったりいつも使っていた定期券が何故か駅の自動改札で友人も皆ひっかかたり・・・。ポケベルの調子もおかしく、なかなかベルの配信も届かなかった・・・。深夜のрナ雑音が入るはずもないのに、すごく聞こえにくくて・・・。

神戸の大学に通っていたのですが気候も変だったように思います。晴れていたのに突然、雪がふったりで1月なのに早いなっていう感じでした。

前日の月も見た記憶はあります。赤黒い月で、ドロドロして血がかかったように私が住む奈良からは見えました。あと空気が凄く乾燥していて前日ぐらいの夜は風の動きもなくキーンとする感じだったこと覚えています。

奈良でこうだったのですから実際神戸では、もっと色んな体感があったのではと想像されます。

神戸で実際に被害にあった友人達は地震の事をいっても笑っています。「もうどうにもならないし、今度その時は死ぬわ」と。でも、やっぱり大震災のPTSDであり体は無事でも傷ついた心を回復するにはもっともっと長い時間がかかると思っています。

だから少しでも、私みたいに友人をなくしたり友人のように直接被害に会うことがないように地震予知の可能性にかけて何か行動できたらいいですよね。
ほんのささいな動きで避けることができること・・・例え地震に遭遇しても最小限の被害に収めることができると信じています。
なんだか、地震を思い出して急にセンチメンタルになってしまいましたが・・。朝から重い話でごめんなさい。
でも、やっぱり願うのは信じるものは救われると信じたいです。 
1日も忘れられん記憶 

あの恐ろしい阪神大震災の時、俺は神戸に住んどった。
1ヶ月程前から室内灯やテレビが勝手についたり消えたり、玄関チャイムが訪問者もないのに何度も鳴る。
近所の猫はしきりに家から出たり入ったり落ち着かへん感じやったわ。

その頃、兵庫県猪名川で群発地震が続いとった。
我家のおとなしい犬が狼のように遠吠えするようになり、近所中の犬もしきりと鳴くので、なんや最近うるさいなあと思っとったぐらいや。
電化製品のモーター音も異様に高く、テレビはノイズがしきりと出とった。

前日の午後9時、満月は血のように赤黒く輝き、星はギラギラ鈍く光るもんやから、道行く人みんなが空を見上げてたわ。それくらい強烈かつ気色悪い状態やった。
カラスもここしばらく鳴いていた記憶がない。今思えば、揃って震源地以外へ逃げとったんやろなあ・・・。動物はすごいで。
そして当日の朝、なんの前ぶれもなく下から突き上げられて、次は激しい横揺れ。はっきりいってこの世の出来事とは思われへんかった。
思考は完全停止状態。それでも無意識に箪笥だけは押さえてたけどな。

えーか?人間、究極の場面で考えることはただひとつ。
「まだ死にたないっっ!!」・・・やで。
どんな偉いさんでも、強い人間でも、自分の無力さに気が付くねん。
あーだこーだとこの掲示板を叩いてる君らも、いずれ起こってくる事に必ず対処せなあかんようになるわ。
能書きはいらん。気に入らんかったらさっさと自分の板作って書けや。

俺や震災におうた人らはな、あの後テレビの画像からは想像でけへんやろうけど、地獄の真中におったんや。
「はよ誰か来てくれ、助けてくれ」と叫んどった。
俺は命拾いしたけど、大勢の方が亡くなられた。
あんな思いを誰にもさせたない!
だから、みんなでこの板大事にしような。
みんなの力で前兆とらえて、はよ逃げるこっちゃ。
巣鴨の”真性寺”で見た「大震火災遭難者供養塔」の写真です。由来というか、その横にあったのですが写してこなかったのです。ただ、都内あっちこっちにそういうものが多いと昨夜知りました。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kabataf/kantoudaisinnsai.htm 見てはいけないページを見てしまったような。本来、関東の震災に関しての建物なり、普段被害の様子など見れる場所を建設すべきだったんでは?と思いました。たまに、どこか上野あたりで博物展のように行うのではなく。毎年さわいでるわりに、どうなんだろうかと思います。見る勇気も必要になってきますが。
阪神大震災で家が全壊になったが教訓としては地震保険に入ること。2Fで寝ること。タンスや本棚などが倒れてきても大丈夫な位置に寝ること。ベッドで寝ること。水とガスコンロは準備しとくこと。かな?
早朝だったので被害が少なかったと思う。電車乗ってたりしたらどうしようもないだろう。
家具を固定する話が時々出ていますが、それは無理です。私は、震災時に兵庫区で12階の住宅に住んでいて、家具を固定していました。転倒防止のL字型をネジでしっかり取り付けていましたが、簡単に転倒してしまいました。
家具を固定しているから、といって安心して寝ていると、倒れてきた家具でケガ、また、顔面を直撃すれば死にます。家具のない部屋で寝るか、それが無理なら背の低い家具にしてください。マスコミでも、専門家が家具の固定すれば安全と言っている時がありますが、あれは震災を知らない素人です。それを信じていては死にます。
関東大震災以降、南関東では発生してもM5程度だった。しかながら、1980年代になってからは・・・
1980 千葉県中部  M6.1
1983 茨城県南部  M6.0
1985 茨城千葉境  M6.1
1987 千葉県東方沖 M6.7
1988 東京東部    M6.0
1992 浦賀水道    M5.9
伊豆も小笠原も入れずにこれだけある。今回のが外れても、防災意識を持つきっかけとしては有益。東京の夜間人口は神戸の5倍、会社数は7.5倍、昼間人口10倍、人口・産業・経済からみて、あれほどの惨劇だった阪神淡路の被害が、片田舎の出来事に思えるほど悲惨な結果を生むのは確実。関東大震災では鎌倉の大仏が40cm動いたという記録があるくらい。備えよ常に。
なぜか今まで震度5以上の大地震に遭遇し、ちゃんと生きておりますんで何かアドバイスできれば。
何度も震災を生き延びてきた私の経験からして地震で生きる・死ぬを分けるのは、1.地震発生時どこで何をしていたか(家に居れば倒壊・外に居れば飛来とか)2.地震の本震(約1分)の後にどこに避難したか できまります
正直な話、みなさまが準備されているのは、1と2から生き延びて、災害復興までの数日間を少しでも有利に生活できるかというポイントでして、特に2番目のポイントから生き延びれないと全く役に立たないものであると思います。首都圏は広いので、お住まいの場所によってもこの2は重要です。私は北海道南西地震にあい、大きな揺れ直後わずか数分で高さ10Mの巨大津波に襲われました。この地震では200名以上の方が亡くなりましたが、地震に直結した倒壊で亡くなった方は以外に少なくその多くは地震後の火事とそしてその鎮火中に襲った巨大津波で亡くなりました。
阪神大震災の時、銀行で仕事していたので、銀行の対応を書いておきます。(自分のところじゃなくて他行のも含めて)
・ATM:機械や建物が壊れていない、通信(専用線)が破壊されていなければ、稼動します(大手の銀行なら東西にシステムは分散されているので、口座そのものに問題はなし)ただ、ATMそのものが破損した場合は時間がかかります
・窓口:店舗の破損や人員の問題で営業がすぐにはできません(神戸の場合三宮周辺で被害を受けた銀行が多く、支店の営業がストップしたところがあります。ただし、日銀の神戸支店に臨時の窓口を作って対応していました)
・銀行の店舗が被災したために、顧客の登録印が確認できなかったケースがあります(原簿が取り出せなかった)。今は各銀行とも印鑑などの顧客データはオンライン化しているので大丈夫だとは思いますが・・・。この場合、身分証明書などで本人確認ができれば払出ししてました。
・通帳・印鑑などの紛失:この場合も身分証明書で確認できれば一定金額までOKでした(10万円くらい??)郵便局も同様の措置だったはず。
あと、振込が数日間受付できなかった金融機関がありました。(銀行間の振込の大元の全銀システムは稼動していましたが、各支店での入金処理ができなくなったらしい・・・)あと、いくつかの特別措置をやってました。クレジットカード会社も引き落しに関して特別措置はしたようです・(引き落しの失敗を猶予する程度ですが・・・)
銀行も色々手は尽くしますが、本人確認ができることがやっぱり前提なので、できれば、身分証明書は持ち出したいところです。
あと、こういう場合あくまでも本人が手続きすることが前提です。
我が家は一部損壊で、いられない事もなかったですが、ガス漏れがあって危険は考えられる場所でした。
ペットの犬は先天的に目が見えないので臆病な為、人混みに入る事ができませんでした。
我が家は一家で不自由でもギリギリまで一緒にいる事を選択し、家で過ごしました。
友人は避難所には入れないだろうし、ペットをどうにかする事もできず、車で生活する事を選びました。
救援が来ていろいろな環境が整い、連絡を親戚などにできるまで、車の中で過ごされました。
災害になればペット団体も動きます。
救援が来るまではしっかり命を守ってあげてください。

家が全壊したり、車も無かったりする事を考えると、ペットと一緒の避難も考えられる。
良識ある飼い主ならワクチン等の証明書を携帯し、ペットを入れるケージも用意し、最悪室外に置く事も考えて準備をしておくべきだと考えます。
阪神は未経験なので、10年2ヶ月ほど前の北海道南西沖地震での経験を。 
当時、私の住んでいた場所は震源から若干距離があったため、 ちょっと長いP波の後にS波がきました。 S波がきた瞬間は、まさに「ドン!」という表現がぴったりでした。 多くの方が書いておられるようにとても立ってなどいられません。 座っていても自力だけではとても支えていられず、床と壁で体を つっぱるようにものすごい力をかけて支えるのがやっとでした。 
心構えができていても冷静でいるのは難しいかもしれませんが、 できていなければまずパニックに陥るかと思います。 私自身、ちょっと長いP波に「やばいかも・・・」と心構えを して冷静を保ったつもりでしたが、しばらく思考は停止し、 腰も抜けたような状態でした。 
それ以前は震度4でも気付かずに寝ていた私ですが、以降は 震度1でも目が覚めるようになってしまいました。 必要な物などは各所にまとめられているので私からは1つだけ。  「心の準備」 
難しいですが被災直後に冷静になれるまでの時間には大きく 影響してくると思います
阪神の震災直撃した時の経験を少し…

 避難所へ避難する場合
  →自分用の寝袋があるだけでカナーリ違う。トイレ超絶汚くなる(水無し)。靴は2種類欲しい。
    マズイ非常食より飲み物。(汚いトイレで出来るだけウンーコしたくないし、食料不足は最初の一日だけ。)
    でも何が何でも風邪を引かない様に。粉塵も出るのでマスク必須。
    知り合いが居ない人は強烈な孤独感に襲われる。地震直後の救命活動に参加するなりして仲間を作るべき。
    自転車があると吉。情報力と機動力が大事。

 自宅
  →並の地震の様に突然揺れだす事はない。
    (震源が真下でない限り)揺れる前に大きな地鳴りが聞こえる。
    その数秒間の間に揺れや二次災害に対応できるように準備汁。
    ビル、木造問わず下層階が潰れる。出来るだけ上の階で寝よう。
    火事は地震後すぐ起きるし、数日後ですら起きる。安心できない
あ、それと「帽子」も絶対いりますよ。 これは防災頭巾がわりとかではなくて、単なる「髪型隠し」です。 何日も風呂に入らない生活だと髪はボロボロボサボサになります。 その状態で避難所に行ったり自衛隊の給水に並んだりしなければなりません。 現代生活に慣れている人はこれが意外に苦になります。緊急時にそんなこと 気にする方がおかしいって? いやいや、特に都会人にはこんな些細に思え ることが意外と大きいのです。普段かぶる習慣がない人もCAPをひとつ用意 して玄関近くに置いておくとそこらへんの精神的苦痛から開放されます。 いや、大事なんですよ。精神ケアって。 現代型地震においては、地震による肉体的ケアより精神的ケアの方がずっと大事でしょう。 
一戸建ての場合,筋交いが入れてあれば木造が意外と地震には強い。大きく揺れるが,揺れが吸収されるので構造的にはダメージを受けにくく,外装など比較的小さな修復で元通りに住める。古い木造家屋が倒壊したのは,瓦が重いから。あとは築材が老朽化していたから。面で支える2×4は確かに強かった。
鉄筋は倒壊はしないが,構造上致命的なダメージを受けやすく,たとえ新築でも建て直しが必要になるケースが多かった。ある友人の家はわざわざ耐震用に基礎に杭を打ち込んでいた(?,くわしいことはよくわからん)地震を意識した鉄筋の2階建てだったが,それが仇になって杭の周りがめちゃくちゃにゆがんでいた。鉄骨アパートは建物が傾くケースが多かったと思う。
避難命令が出ていない限り,自分の家がある程度安全が確保できるなら,落ち着いて家にいるべきだと思います。これは個人的考えですが。防犯上のためと,本当に家を失った人のために。避難所とかもある程度時間が経たないと機能しませんし。いきなり人が殺到したら,パニックになると思います。
非常食はゼリー系か液体系(カロリーメイトの缶のやつとか)を中心にしたほうがいいですよ。 例えば平時に自分が高速道路で事故を起こし、ケガはたいしたことなかったものの買ったばっかりのクルマは廃車決定!のような場合でもけっこうメシって食えないと思うんですよね。そんなのと比較にならない程の出来事が生活している空間全体で起こるわけですから・・・・。
オレも阪神大震災の被災者で、12月にたまたまカロリーメイトの10個パック(固形)のを安売りしてたんで買って、小腹減ったときにでもと思いクルマに積んでたんですが、結局9個残りました。食欲ないし、冬だったので最低限のカロリーは摂取しとかなきゃと頭では解るんですが、喉を通らないんですよ。
まして今はこの気温だし、避難した学校の体育館なりにすごい人数詰め込まれて、仮にエアコンがあったとしても、停電してたりしたらもう喉の渇きを癒すのみだと思います。 今ふり返ってみても援助物資の梅干も入っていなければ海苔も巻かれていない、白いだけのおにぎりが3日目に届くまでの間に空腹を訴える言葉を人が発するの聞いた覚えがないんですよね。
ここ以下は他のスレにもチラッと書いたんですが、前の関東大震災のときは多くの場所で火災が発生した影響で、発生当日午後9時の品川の気温が40℃に達したそうです。
今回の騒ぎの間にもし何もなくても,今後常に備えを続けておくことが大事。お祭り騒ぎの間にはいろいろ用意したくせに,喉元過ぎれば…っていうのが一番意味がないんです。それではほんと単なる子供の防災ごっこです。例えば食料とか,常に賞味期限内の物を維持し続けるのは難しいし,非現実的なほど荷物が重くなっても仕方ないわけです。
電動シャッターや自動ドア,電子錠の手動開錠,開扉法は確認しておいた方がいいです。電動シャッターが開かず,車が出せなかったり店に入れなかったという話をききます。電動シャッターは手動で開くようにするためには内部のロック機構をはずす必要があるんです。ブレーカーの話しかり,日頃あたりまえの電気系統は要注意です。
地震後に問題になったんだけど、ブレーカーを落さずに避難した家で 電気の復旧後に、停電時にスイッチが入っていたままだった電気器具から発火したケースが 多かったらしい。 電気の復旧地域と火事に相関があったということで関電と消防が責任のなすりあいをしてた。
トイレが本当に大変でした。女性の方はそこらで用を足すわけにもいきませんし避難所や学校の仮設トイレでも女性の行列はなかなか進まないんですよね。ポータブルトイレがあると非常に助かります。普段はタンスの肥しですが、災害時には重要なアイテムです。ポータブルトイレが買えない人は風呂やポリバケツに水を張ったりして「トイレ用の水」を確保してください。阪神大震災で餓死した人は少ないと思いますが、トイレでノイローゼになった人は
多いと思いますよ。
神戸付近です。震度7でした。ベッドの上で地鳴りで目が覚めて。 とりあえず頭上に何も落ちてくる物がないこと確認したら, とっさに「ここにいるのが安全」と判断してベッドの上で揺れが 収まるまでじっとしてました。目の前で家具が飛びかうのを見ながら。 揺れが収まった直後のそれ以前もそれ以降も経験したことのない静けさが忘れられません。 だれもが茫然自失の状態で,一瞬あの地方の全ての社会活動が止まったのが分かりました。 
人間勝手なもんで,最初は自分の家の中がひどい状態になったことに絶望しましたが, とりあえず電気をつけようとして点かなかったときに,事の重大さを知りました。 あ,これは家だけじゃないんだ,町中が大変なことになってるんだ,それなら 家だけぐちゃぐちゃになった方がどんなに楽だったか,と思いました。自分だけの問題じゃなく,社会の生活基盤が完全に破壊されてぐちゃぐちゃになるんです。 いわゆるライフラインが完全に回復するのも3ヶ月以上かかります。 地震そのものを生き残ることも大事ですが,その後,どう生活するかのことも考えた方がいいですよ。
http://up.isp.2ch.net/up/ca728ac2f567.gif  
家族情報、緊急連絡先、電話簿等を書き込む用紙です。大抵の方は用意してある事かと思いますが、まだの方は印刷して防災リュックに入れておくと良いと思います。
阪神の震災直撃した時の経験を少し…
避難所へ避難する場合 →自分用の寝袋があるだけでカナーリ違う。トイレ超絶汚くなる(水無し)。靴は2種類欲しい。    マズイ非常食より飲み物。(汚いトイレで出来るだけウンーコしたくないし、食料不足は最初の一日だけ。)  でも何が何でも風邪を引かない様に。粉塵も出るのでマスク必須。 知り合いが居ない人は強烈な孤独感に襲われる。地震直後の救命活動に参加するなりして仲間を作るべき。 自転車があると吉。情報力と機動力が大事。 
自宅 →並の地震の様に突然揺れだす事はない。  (震源が真下でない限り)揺れる前に大きな地鳴りが聞こえる。 その数秒間の間に揺れや二次災害に対応できるように準備汁。  ビル、木造問わず下層階が潰れる。出来るだけ上の階で寝よう。 火事は地震後すぐ起きるし、数日後ですら起きる。安心できない
地震直後に起こる火災ってのがもっとも気を遣うべきこと、、関東大震災の時の死者は、地震直後の建物倒壊での圧死などが推定でたった1500人、その後の火災・火災旋風なで10万近く死んだことを肝に銘ずるべきっす。火災危険度マップ
東京都の指定避難場所へのアクセスについての鉄則
1・裏道は使うな、(建物の倒壊や、火災などで通れなくなっている場合あり)
2・遠回りでも主要幹線道路(ある程度広い道を通ること)を使っていくこと、
3・絶対に歩きでいくこと(原チャやチャリは、避難する人々にとって迷惑になる可能性あり)
4・前もって指定避難場所までの行き方を調べておくこと
5・避難は地震発生2時間後までに(それ以上時間が経つと、火災に囲まれる可能性あり、火災危険度
  マップで色が青・赤にいる人々は特に、その他の地域の人々でも火災旋風が起これば危険度は高
  まるので都心の人々は早めに避難したほうが良い)
6・必ず指定避難場所に行くこと、(自分でここは安全と判断しない、火災旋風発生などが発生したら
  学校の校庭レベルでは全員が焼け死ぬ可能性アリ)
避難場所一覧 避難場所の地図 
我が家は地震保険に入ってたけど、保険おりなかった。理由は単純。「もっと酷いところいっぱいありますから」
確かにうちは神戸や西宮に比べればたいしたことなかったろうけどそのまま住めるような状態ではなかった。両親は老後用の貯金を解約して家の修繕費に充てた。(力になれなくて辛かった)なんのために10年以上保険かけてたんだろう。なんのための地震保険?って思った
その保険屋が帰り際に一言「1度被災した住宅は今後一切保険おりませんから。」
あとで保険屋に詳しい友人に言われた言葉。「保険屋の中でも幹事やってる会社に勤めてる知り合い探して、その人に審査してもらわなアカンで。(書類に記載する)被害の程度なんてそのひとの気持ち一つやから…」
みなさんも、あまり地震保険を過信しすぎないように気を付けて下さいね。
「地震が起きない」「戦争は起きない」というのは想像できないだけで十分に起こりうること。きっと、そういう世代なんでしょう。私は震災で叔父を亡くしております。現実的に地震というものは起きます。悲しいぐらい現実に起きてしまうのです。震災経験者から言わせて貰えば、今回のように このような地震学の有識者からの有益な情報があるのに 何故動こうとしないんだろうということです。 最低限の準備はすべき。無駄になりません。
クラッシュ症候群について

阪神大震災では、長時間建物の下敷きになっていて救出された人が救出された時点では元気だったのに数時間後〜数日後に意識がなくなってそのまま急死してしまうというケースが多く。
「クラッシュ(挫滅)症候群」と言われるもので、圧迫され壊死した筋肉から出る高濃度のミオグロビンやカリウムが救出後急激に体内を巡って腎不全や心停止を起こすおそれのあるもの。
長時間建物の下敷きになっていた場合は救出後自覚症状がなくても徐々に状態は悪化していくので、なるべく早く救出し、そして早く適切な処置を受けることが重要。悪化した場合の症状としては、尿が出ない、または尿が赤い(ミオグロビンの色)、吐き気、など。
http://www.geocities.co.jp/Beautycare/4224/3cou-crash.htm 
もしも地震で近所の人などの救出を手伝った時には頭に入れておいて損はなし。患者がクラッシュ症候群を知らず、病院で説明できなくても早く診察してもらえるように、その場合「クラッシュ症候群の疑いあり」と紙に一言書いて持たせるようにしたほうがいいかも。あとこれは未確認情報で、責任の持てる情報ではありませんが。。救出後、万が一何時間も処置を待たされるような場合は、血中ミオグロビン濃度が上がって腎不全になるのを防ぐため、水を多めに飲ませるとよいかもしれません。(ほんの少しの違いだとは思いますが) やはりどなたか専門家の方いらしたらフォロー希望です。
◆クラッシュ症候群ポスター
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/8896/1ef79b6e5d4a.gif
http://up.isp.2ch.net/up/ca728ac2f567.gif
家族情報、緊急連絡先、電話簿等を書き込む用紙です。
大抵の方は用意してある事かと思いますが、まだの方は
印刷して防災リュックに入れておくと良いと思います。